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熊本地方裁判所 昭和40年(ワ)648号 判決

原告

沼田光親

被告

甲斐末喜

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し、金一八二万五、二五七円及びこれに対する昭和四二年九月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告らは各自原告に対し、原告が金属板除去のための再手術を受けその治療費の請求を受けたときは、直ちに金一万八、四〇〇円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告 被告らは各自原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和四二年九月二二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

二  被告ら 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の主張

一  請求原因

(一)  本件事故の発生

原告は昭和四〇年三月二二日午後一一時三〇分頃勤務先から自転車に乗つて帰宅中、熊本市千反畑町昭和石油ガソリンスタンド前路上において、被告忠道の運転する小型乗用車(熊五す七七八一号)に衝突し、大腿骨複雑骨折の傷害を負つた。

(二)  被告らの責任

(1) 本件事故は被告忠道の過失によつて惹起されたものである。即ち、被告忠道は当時飲酒により正常な運転ができない状態にありながら運転を継続し、本件事故直前にも歩行者二名をはね飛ばし、ジグザグ運転をしながらその現場から逃走中、前記本件事故現場路上左側を北進中の原告の自転車に正面衝突したものであつて、右は被告忠道の重大な過失によるものである。

(2) 本件事故は被告末喜の経営する甲斐洋装店の従業員である被告忠道が同洋装店において使用中の前記自動車を運転して業務に従事中発生したものである。

(3) よつて被告忠道は民法七〇九条により、被告末喜は人身傷害による損害については自動車損害賠償保障法三条により、物件損傷による損害については民法七一五条により、本件事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三)  本件事故によつて原告は次のような損害を蒙つた。

(1) 物質的損害

(イ) 昭和四〇年三月二二日から昭和四一年一二月一〇日まで入院し、その後昭和四二年八月まで通院した治療費合計金八四万〇、二五七円中自動車損害賠償強制保険によつて充当された金一〇万円を控除した残額 金七四万〇、二五七円

(ロ) 金属板除去の再手術のため約二週間入院予定の見積治療費 金一万八、四〇〇円

(ハ) 事故によつて失つた得べかりし利益 金四二万〇、〇〇〇円

即ち、原告は事故当時パチンコ店「ニユーヨーク」に勤務し、食事付手取り一日金一、〇〇〇円、月平均金三万円の収入を得ていたのが、同店は原告が入院中の昭和四一年五月三一日閉店したので、原告は少なくとも約一四月間同店に勤務し、金四二万円の収入を得ていた筈であり、本件事故によつて同額の損害を蒙つた。

(ニ) 本件事故によつて自転車(新品金二万円相当)、背広(上下金一万五、〇〇〇円相当)、靴(金二、〇〇〇円相当)を損傷し、使用不能となつたほか時計が故障し、その修理に金三、〇〇〇円を要したことによる損害 金四万〇、〇〇〇円

以上物質的損害合計 金一二一万八、六五七円

(2) 精神的損害 金七八万一、三四三円

原告は前記傷害の治療のため三回手術を受けたが、右下肢五糎短縮の後遺症が残り、そのための精神的苦痛は計り知れないものがある。又前記金属板除去の再手術が行なわれるのは早くとも昭和四二年一二月になる見込みであるが、原告は本件事故によつて実に三三月間の入院ないし通院を余儀なくされ、その間生活保護法による生活扶助を受けてようやく最低生活を送つている。右の精神的苦痛に対する慰藉料は右後遺症に対するものとして金四三万円のほか三三月間にわたる入院ないし通院に対するものとして金六六万円の合計金一〇九万円が相当であるが、本所では内金として金七八万一、三四三円を請求する。

よつて原告は被告らに対し、各自右合計金二〇〇万円及びこれに対する昭和四二年九月一九日付準備書面が被告らに到達した日の翌日である同月二二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  抗弁に対する答弁

被告主張の日時に被告らから現金合計金四万五、〇〇〇円の支払を受けたことは認めるが、その余の支払を受けたことは否認する。自動車損害賠償強制保険による金一〇万円は本件事故による損害から控除済みであり、本件損害賠償請求額には含まれていない。

第三被告らの主張

一  答弁

請求原因(一)項(事故の発生及び原告受傷の事実)及び(二)項中被告忠道が飲酒運転をしていたこと及び被告忠道が甲斐洋装店で使用している自動車を運転して本件事故を起こしたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告忠道は被告末喜の長男であり、被告末喜の洋服仕立販売業を手伝つているが、定つた給料も貰つていず使用人ではない。本件事故は被告忠道が前記自動車を私用に運転中惹起したものであるから、被告末喜は使用者責任を負わない。

二  抗弁

(1)  被告らは原告に対し、生活費として昭和四〇年三月二三日見舞品金一、〇〇〇円相当、同月二四日現金五、〇〇〇円、同年四月二日現金一万五、〇〇〇円、同月二〇日見舞品金一、〇〇〇円相当、同月二五日現金一万円、同年五月一〇日現金五、〇〇〇円、同年七月二〇日見舞品金一、〇〇〇円相当、同月二五日現金一万円をそれぞれ支払つた。

(2)  原告は昭和四〇年一〇月二七日自動車損害賠償強制保険により金一〇万円の支払を受けた。

第四証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)項(本件事故の発生及び原告が受傷した事実)は当事者間に争いがない。

二  被告忠道の過失について。

〔証拠略〕によると、本件事故の原因は、被告忠道が酒酔いのため正常な運転ができないおそれがあつたのにそのまま運転を継続し、本件事故直前に歩行者二名を衝突転倒させ、その現場から時速五〇ないし六〇粁の速度で逃走中本件事故現場に差しかかつた際、道路右側に進出して運転し、しかも前方注視を怠つた過失によつて、原告が自転車に乗つて前方道路右側から対向して進行して来るのに気付かず自車前部を原告の自転車に衝突させたことにあることが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて被告忠道は直接の不法行為者として民法七〇九条により原告の受けた後記の損害を賠償すべき義務がある。

三  被告末喜の責任について。

〔証拠略〕によると、被告忠道は昭和三〇年頃から末喜の経営する洋服仕立、販売業を手伝い、末喜の右事業のために前記自動車を運転していたこと、本件事故も末喜の命により前記自動車を運転して熊本市へ出かけた後に惹起したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、忠道は末喜の指揮監督のもとに末喜の事業に従事している者であり、本件事故は忠道が末喜の前記事業用の自動車を運転して事業の執行につき惹起したものというべく、これと異なる趣旨の被告らの主張は理由がない。よつて被告末喜は原告の受けた後記損害中人身傷害によるものについては自動車損害賠償保障法三条により、物件損傷によるものについては民法七一五条により賠償すべき義務がある。

四  損害について。

(1)(イ)  〔証拠略〕によると、原告が本件事故によつて受けた前記傷害の治療のため、昭和四〇年三月二二日から昭和四一年一二月一〇日まで医療法人杉村会杉村病院に入院し、その後昭和四二年八月まで同病院に通院し、その治療費として金八四万〇、二五七円を要し、内金一〇万円は自動車損害賠償強制保険によつて支払われ、残金七四万〇、二五七円は熊本市役所において生活保護法による医療扶助として、原告が被告らから示談、訴訟等によつて賠償がなされるまでの間の緊急の措置として立替支払をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかして同市役所が立替支出した費用金七四万〇、二五七円は原告が本件事故によつて蒙つた損害として直接被告らに対し請求し得べきものと解すべきである(なお原告が前記保険によつて支払を受けた金一〇万円は右損害全額からこれを控除し、その残額を本訴で請求しているものであるから、この点に関する被告らの抗弁は理由がない)。

(ロ)  〔証拠略〕によると、原告は近い将来(おそらく昭和四三年中)に金属板除去の再手術を受ける必要があり、そのため二週間の入院が見込まれ、そのための費用は金一万八、四〇〇円を下らないことが認められ、右認定に反する証拠はない。右は将来の治療費であるが、被告らがこれまで原告の損害を賠償しなかつた態度に徴し、現在請求する必要があると認められ、将来の給付を求める請求としてこれを認容する。

(ハ)  〔証拠略〕によると、原告は事故当時までパチンコ店「ニユーヨーク」に勤務し、月平均金三万円の収入を得ていたが、本件事故によつて事故当日の昭和四〇年三月二二日から昭和四一年一二月一〇日まで前記杉村病院に入院していたため、事故の翌日から同店が廃業した昭和四一年五月頃までの約一三月間同店を休み、合計金三九万円の得べかりし利益を喪失し同額の損害を受けたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。ところで、原告が被告主張の日に合計金四万五、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、被告主張のその余の給付はこれを認めるに足る証拠はない。〔証拠略〕によると、右金員は原告が入院中の生活費の一部として支払われたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、右金員は原告が入院中前記パチンコ店に勤務し得なかつたことによる損害の一部に充当したとみるのが相当であるから、原告が被告らに請求し得る得べかりし利益の喪失による損害は金三四万五、〇〇〇円となる。

(ニ)  〔証拠略〕によると、本件事故によつて自転車新品一台金二万円相当、背広上下金一万五、〇〇〇円相当、靴金二、〇〇〇円相当を損害し、使用不能となつたほか時計が故障しその修理に金三、〇〇〇円を要し、合計金四万円の損害を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2)  次に精神的損害について判断するに、〔証拠略〕によると、原告は本件事故によつて前記の重傷を負い、そのため約九月間入院し、その間三回の手術を受け、退院後も約八月間通院し、なお近いうちに金属板除去の再手術が予定されていること、長期の治療にも拘らず右下肢五糎短縮の後遺症が残されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実に徴すれば原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金七〇万円をもつて相当と認める。

五  そうすると被告らは各自原告に対し、治療費金七四万〇、二五七円、自転車等損傷による損害金四万円、喪失利益金三四万五、〇〇〇円、慰藉料金七〇万円の合計金一八二万五、二五七円及びこれに対する昭和四二年九月一九日付準備書面の被告らに到達した日の翌日であること記録上明らかな同月二二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うほか原告が金属板除去の再手術を受け、その治療費の支払を請求されたときは直ちに金一万八、四〇〇円を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弥富春吉 石田実秀 川畑耕平)

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